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富岡の産業の歴史

明治5年(1872年)、富岡に官営の器械製糸場ができました。日本の近代産業はここから始まります。富岡製糸場の150年を軸に、そのとき日本で何が起き、富岡の産業がどう変わってきたかを、時代ごとにたどります。

年表に会社の名前を出すのは、富岡の産業の出来事として資料で確かめたものだけです。会社の創業は、ページの下の「創業の年から見る富岡の企業」に、業種を問わず古い順にまとめています。

日本では富岡製糸場では富岡の産業では
  1. 1870–1893官営の手本の工場
  2. 1893–1945民間の製糸工場へ
  3. 1945–1973戦後と高度成長
  4. 1973–1993石油危機と操業停止
  5. 1993–2014工場から遺産へ
  6. 2014–世界遺産と、いまの産業
1870 — 1893

生糸で国をつくる。官営の手本の工場

日本では

  • 明治初め欧州で蚕の病気が広がり、日本の生糸と蚕種が求められる。一方で粗製濫造が起き、品質の向上が急務に[1]
  • 明治初め政府が殖産興業の政策の一つとして、洋式の器械製糸の手本となる官営工場をつくる[1]

富岡製糸場では

  • 1870官営の器械製糸場をつくると決まる。フランス人ポール・ブリュナを指導者に迎え、鏑川沿いの陣屋跡を建設地に[2]
  • 1872操業開始。初代所長は尾高惇忠[2]
  • 1876外国人の指導者が去り、日本人だけで操業するようになる[2]
  • 明治製糸場にならった民間の器械製糸工場が各地にでき、ここで学んだ工女が地元で技術を伝える[1]

富岡の産業では

  • 江戸時代中山道の脇往還の宿場町・市場町として、繭や生糸の取引で栄えていた[10]
1893 — 1945

民間の製糸工場へ。日本は世界一の生糸輸出国に

日本では

  • 1882〜国の財政を立て直すため、官営の事業の払い下げが進む[1]
  • 1909日本の生糸の輸出が世界一になる[3]
  • 1930年代世界で輸出された生糸の80%を日本産が占める[3]

富岡製糸場では

  • 1893三井に払い下げられる[1][2]
  • 1902原合名会社に譲渡される[2]
  • 1938株式会社富岡製糸所として独立[2]
  • 1939片倉製糸紡績(のち片倉工業)に合併[2]

富岡の産業では

  • 1895上野鉄道(いまの上信電鉄)が設立される[4]
  • 18979月、高崎〜下仁田が全線開通[4]
  • 1929上野鉄道の後身の上信電気鉄道が、下仁田〜富岡〜小幡のバスを始める[4]
1945 — 1973

戦後、機械と部品のまちへ

日本では

  • 戦後日本経済が復興から高度成長を果たす[5]
  • 1955ごろ生糸が日本の主な輸出品だった時代が終わる[3]

富岡製糸場では

  • 戦後片倉工業の工場として操業を続ける[2]

富岡の産業では

  • 1954富岡町が一ノ宮町と4村を合わせ、富岡市になる[10]
  • 1962富岡町出身の横尾忠太郎が東京で創業した横尾製作所(いまのヨコオ)が、神農原に工場を新設し稼働。ロッドアンテナの需要の急増にこたえるため[18]
  • 1962光電工業(いまの日本光電)の富岡工場が、補聴器の生産で操業を始める。翌月、光電工業富岡製作所(いまの日本光電富岡)として独立[19]
1973 — 1993

石油危機と絹離れ。製糸場が止まる

日本では

  • 197310月、第1次石油危機。翌1974年、経済成長率が戦後はじめてマイナスに[6]
  • 1984和装の需要が減って生糸の消費が落ち込み、国と生産者団体が繭の減産を進める[7]

富岡製糸場では

  • 19873月、操業を停止。その後も片倉工業が建物を保管する[2]

富岡の産業では

  • 19736月、沖電気工業が子会社の富岡沖電気を合併し、富岡工場を開設[16]
  • 19933月27日、上信越自動車道の藤岡IC〜佐久IC が開通。富岡が高速道路でつながる[8]
1993 — 2014

工場から、産業の遺産へ

日本では

  • 2007経済産業省が、産業の近代化を伝える建物・機械などを「近代化産業遺産」として認定し始める[11]

富岡製糸場では

  • 2005国の史跡に[2]
  • 2006主な建物が国の重要文化財に[2]
  • 20146月に世界遺産、12月に繰糸所・西置繭所・東置繭所が国宝に[2]

富岡の産業では

  • 1998宇宙航空機器の富岡事業所が竣工。2000年からはIHIエアロスペースの事業所に[20]
  • 20063月27日、富岡市と妙義町が合併し、新しい富岡市になる[9]
2014 —

世界遺産のまちで、ものづくりが伸びる

日本では

  • 2021国が「半導体・デジタル産業戦略」をまとめる(2023年・2026年に改訂)[12]

富岡製糸場では

  • 2020国宝・西置繭所の保存整備が終わり、公開が始まる[2]
  • 2025年度見学者は約39万人(2021年度の約22万人から増加)[14]

富岡の産業では

  • 20163月、稲葉製作所(物置・オフィス家具)が富岡工場を開設[21]
  • 2021市内で働く人の約3人に1人(21,389人のうち7,487人)が製造業で働く[17]
  • 2024製造品出荷額等は約5,182億円。3年で約4割増え、輸送用機械と情報通信機械で半分を占める[13]
  • いま群馬県の計画で重点促進区域とされた工業団地・産業用地が15か所ある[14]
  • いま12戸の農家が蚕を育て、年に約4.8トンの繭をとる[14]
COMPANIES

創業の年から見る富岡の企業

江戸時代1社

明治8社

大正4社

昭和(戦前)7社

昭和(戦後)104社

平成59社

令和11社

創業・設立の年がわかっている会社は、まだ一部です。自社サイトなどで確かめられた年だけを載せています。創業の年は掲載内容のご連絡からお知らせください。確かめたうえで、この一覧に加えます。

出どころ

  1. [1] 文化庁「文化遺産オンライン」旧富岡製糸場
  2. [2] 富岡製糸場 公式サイト「富岡製糸場の歴史」
  3. [3] 群馬県 広報 特集「次世代につなぐ世界遺産 ~『富岡製糸場と絹産業遺産群』登録5周年~」
  4. [4] 上信電鉄 公式サイト「沿革」
  5. [5] 内閣府「年次経済報告(平成8年度)」
  6. [6] 厚生労働省「平成10年版 労働経済の分析」
  7. [7] 参議院「大幅な繭減産等による養蚕農家の経営危機打開策に関する質問に対する答弁書」(昭和59年6月26日)
  8. [8] NEXCO東日本「上信越道 おかげさまで20周年」
  9. [9] 政府統計の総合窓口 e-Stat「市区町村の廃置分合(富岡市)」
  10. [10] ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「富岡市」(コトバンク)
  11. [11] 経済産業省「近代化産業遺産」
  12. [12] 経済産業省「半導体・デジタル産業戦略検討会議」
  13. [13] 経済産業省・総務省「経済構造実態調査(製造業事業所調査)」(産業MAP と同じ)
  14. [14] 産業MAP の出典(富岡製糸場課・富岡市「富岡市統計書」、群馬県の基本計画)
  15. [15] 「富岡の企業」のデータ(創業年は各社の Web サイトなどの記述)
  16. [16] 沖電気工業「有価証券報告書」沿革(金融庁 EDINET)
  17. [17] 総務省・経済産業省「経済センサス‐活動調査(令和3年)」(産業MAP と同じ)
  18. [18] ヨコオ 公式サイト「ヨコオの歩み 足跡」、「沿革」
  19. [19] 日本光電 公式サイト「沿革詳細」
  20. [20] IHIエアロスペース 公式サイト「会社概要」
  21. [21] 稲葉製作所「有価証券報告書」沿革(金融庁 EDINET)